「我輩は猫である」に描かれた高浜虚子

夏目漱石の「我輩は猫である」は、ホトトギス誌上に掲載されたが、その中で夏目漱石は高浜虚子を登場させている。引用してみると、「舞台の真ん中へ大きな柳を一本植えてね。其れから其の柳の幹から一本の枝を右の方へヌッと出させて其の枝へ鳥を一羽とまらせる。」

「所へ花道から俳人高浜虚子がステッキを持って、白い燈心入りの帽子を被って、透綾の羽織に、薩摩飛白（さつまがすり）の尻端折りの半靴と云ふこしらへで出てくる。気付は陸軍の御用達見た様だけれども俳人だから可成（なるべく）悠々として腹の中では句案に余念のない体であるかなくつちやいけない。」

これは主人公が迷亭、寒月などに俳劇を説き、その舞台に虚子を登場させた場面である。さらに「大きな柳があって、柳の影で白い女が湯を浴びている、はっと思って上を見ると長い柳の枝に烏が一羽止まって女の行水を見下ろして居る。そこで虚子先生大いに俳味に感動したと云ふ思い入れが五十秒ばかりあって、行水の女に惚れる烏かなと大きな声で一句朗吟する。」

ちなみに人気作家の夏目漱石が朝日新聞に入社した為、ホトトギスには執筆しなくなり、一時は一万五千部の販売があったホトトギスが二千部程度に落ち込んでしまう

参考　　　　松井利彦著「対象の俳人たち」富士見書房

蕉風三変説

連句における芭蕉の俳風は大きく分けると、三回変わったという。これを「蕉風三変説」という。唯これは、蕉風のことを言った時で、それ以前の貞門談林時代は除いている。まず最初は、貞享元年（1684）の「冬の日」の頃の俳風で、その頃は談林からの脱却を目指した頃で、主に漢文調や古典からの影響が大で脱俗的で唯美主義的な独特の風狂的な世界を作り上げる事に成功している。

「冬の日」「春の日」の時代から、元禄の「猿蓑」「阿羅野」「ひさご」の頃になると「冬の日」時代の高雅な伝統的詩情と、日常現実の世界でとらえた詩情とが融合し、「高悟帰俗」の新しい詩情を獲得する事に成功する。この頃に代表される「さび」や「しをり」などは、自然や人生に対する深いいとおしみの情から発するものであり、後に晩年の「かるみ」に至る契機となっている。最後が、「炭俵」に代表される「かるみ」の風であり、平明で具象的で、印象明瞭な「かるみ」の世界は、「猿蓑」時代の「俗談平話」を更に推し進めた世界である。

参考　　　「元禄文学の開花・芭蕉と元禄の俳諧」勉誠社

「七番日記」に見る一茶の夫婦生活

一茶が始めて妻を迎えたのは文化十一年五十ニ歳の時。妻は野尻村赤川の常田久右衛門の娘で名は菊。二十八歳の若妻であった。常田家は二の倉の宮沢家（一茶の母の実家）の親戚に当り、召使なども居る上農だっと言う。若妻を得た一茶は「五十年一日の安き日もなく、ことし春漸く妻を迎え、我身につもる老いを忘れて凡夫の浅ましさに、初花に胡蝶の戯るるが如く」と喜びを表し、
「五十聟天窓（あまた）をかくす扇かな」と吟じている。菊は農村の女性らしく働き者で、門人の指導に泊まり歩くことの多かった一茶の留守を守り、家事はもとより畑仕事まで女手一つでやってのけたという。夫婦仲も睦まじく、「七番日記」によると「妻と庭の花見」「夫婦月見」「キクト中山萱刈・茸取・栗拾」などの記事が散見できる。しかし、ちょっとした諍いもあったらしい。文化十三年八月二日の条に、夕方菊の姿が突然居なくなったので「古間川迄捜ス所、見エ不。然ル所家尻ニ洗濯シテ居タリシトカヤ。」という記事がある。

一茶は川迄捜しにいく狼狽振りである。翌日の記事には「春サシタル木瓜、青々ト葉ヲ出シタル所、キク女一旦ノ怒リニ引キヌク。」とある。菊は未だ怒りは収まらず、木瓜を引き抜いたというのだ。菊は赤川の実家に戻り、相談などもしたみたいだが、八日には「夕方一雨（中略）菊女皈（かえ）ル。夜五交合」とめでたく夫婦和解している。ここで驚くのが「夜五交合」である。一茶は五十歳をとっくに越えている。其の他にも「七番日記」には「寒。夜雷雨。（中略）夜三交」「墓詣。夜三交」「通夜大雷。（中略）四交」などの記事が続いている。大したもんである。ちなみにこの前後には、強精用の薬草を採取している記事なども見える。

参考　　　丸山一彦著「人と作品・小林一茶」桜楓社

俳句で見る一茶の晩年

一茶というと「是がまあつひの栖（すみか）か雪五尺」の句に表されるように、経済的に苦しかった用に思われるが、故郷の信濃に帰ってきてからは、経済的には結構恵まれていたようである。しかし、家庭的には決して恵まれては居なかった。一茶が五十二歳の折に、菊を妻に迎えたことは、「一茶の夫婦生活」にも書いたが、菊と結婚後、二年目にして長男千太郎が誕生している。（文化十三年四月）しかし千太郎は一ヶ月足らずで亡くなってしまう。「七番日記」には「四月十四日男子生まれる、寅の刻に没す。」（五月十一日の条）という簡単な記載があるだけである。「七番日記」には「千太郎ニ申ス」と前書きのある「はつ袷にくまれ盛りにはやくなれ」という句を残している。それから一年後には今度は長女さと（文政元年五月生）が生まれ、老境の一茶も非常にかわいがり、正月には一人前の雑煮膳を添えて、「這へ笑へ二つになるぞけさからは」（おらが春）という句を残している。しかし、そのさとも生後一年で疱瘡のために亡くなっている。

「八番日記」には「サト女此世ニ居ル事四百日、一茶見親（親しく見ること）百七十五日、命ナル哉、今巳の刻ニ没ス」（文政二年六月二十一日の条）とある。また、一茶の最大傑作とも言っていい日記句文集の「おらが春」の中心は長女さとのかわいらしさと、死のかなしみを書き綴ったものと言ってよく、「思い切りがたきは恩愛のきづな也けり」（おらが春）と嘆きつつ、有名な「露の世は露の世ながらさりながら」の他に「蚤の跡かぞへながらに添乳かな」「秋風やむしりたがりし赤い花」などの句を残している。更に一茶の不幸は続く。さとの死後一年余りして、次男石太郎（文政三年十月生）が生まれる。一茶は石の様に堅固に育てとの親心から石太郎と名づけ、「岩（いわお）にはとくなれさざれ石太郎」と出生を祝っている。しかし、どうしたことか石太郎はわずか九十日ほどで、母親の背中であえなく窒息死を遂げてしまう。

「もう一度せめて目を明け雑煮膳」「陽炎や目につきまとうわらひ顔」という句を残している。更に更に一茶の不幸は続く。石太郎の死後、一年ほどして、今度は三男金三郎（文政五年三月生）を得る。「菊女祝・涼風や何喰わせても二人前」しかし、今度はその菊が産後の肥立ちが思わしくなく、文政六年五月十二日、まだ三十七歳の若さでこの世を去ってしまう。一茶のかなしみは「やかましかりし老妻ことしなく」と前書きした「小言いふ相手もあらばけふの月」に溢れている。更に更に更に、菊女の病中、預けておいた金三郎を引き取ってみると、以外にも骨と皮ばかりにやせ衰えていた。預け先の赤渋の富右衛門に激しく抗議したりしたが、金三郎も母の後を追うようにその年の暮れに亡くなっている。後に残ったのは中風という病気を抱えた老一茶一人であった。「妻におくれて、子にさへすてられて、なげきの晴るる間もなく年のくれけるに、娑婆（しゃば）のことの小むつかしく」の前書きのある「みだ仏のみやげに年を拾ふ哉」と嘆いている。

その翌年、後妻の雪女を娶るが、飯山藩藩士の娘で、武家育ちの雪女とはうまくいくはずもなく、三ヶ月で離別。さらに文政九年一茶六十四歳の時、三度目の妻やを女を迎える。しかし、更に更に更に更に、一茶の身に不幸が襲い掛かる。文政十年閏六月一日、柏原に大火が起こり、一茶の家も類焼してしまう。かろうじて残った土蔵を仮住居としたが、その年の十一月十九日、持病の中風発作によって急逝した。六十五歳であった。しかし、幸いにも、妻やをは懐妊しており、翌年四月、女子やたが生まれ、この一女が一茶の血統を今日まで伝えることとなる。

参考　　　　　丸山一彦著「人と作品・小林一茶」桜楓社
山下一海著「俳句の歴史」朝日新聞社

上島鬼貫の俳号の由来

上島鬼貫は万治四年（１６６１）四月四日、摂州川辺郡伊丹郷、現在の兵庫県伊丹市に上嶋清兵衛宗次の三男として生まれる。芭蕉が正保元年（１６４４）生まれだから、ほぼ同時期に活動していることになる。ちなみに芭蕉の弟子の其角が同年の生まれである。実家は清酒「三文字」の醸造元である、油屋の一族。鬼貫は遠祖が武士であった為、武士になることを熱望し、親元の経済力をバックにやがて武士として仕官し、遠祖が藤原の藤太秀郷であるとし、「藤原利左衛門宗邇」と名乗る。鬼貫の俳諧観は「まこと」に表される。鬼貫が書いた「独言」では「まことの外に俳諧なし」と説いている。ちなみに俳号の「鬼貫」だが、これは鬼貫研究の第一人者の岡田利兵衛によると「鬼の貫之」の意味だという。「貫之」とは「古今和歌集」で有名な紀貫之の事。鬼貫は「古今和歌集」に造詣が深く、俳諧は貫之の和歌観の反動からと見ることも出来る。「鬼」というのは正統でないもの、逸脱したものと言う意味。

参考　　　　　「元禄文学の開花・芭蕉と元禄の俳諧」勉誠社
坪内稔典著「上嶋鬼貫」神戸新聞総合出版センター

三鬼のプラトニックラブ

西東三鬼は昭和十三年、歯科医を廃業し小貿易会社「紀屋」に入社している。そして同十四年、俳人としても有名な三橋敏雄が三鬼の部下として入社してくる。三鬼といえばかなり女性遍歴の激しかった人で、三橋敏雄が部下として働いていた当時も銀座の「峠」と言うバーの女性にかなり入れ込んでいたらしい。そのバーはママとその娘が働いていたが、三鬼はその娘目当てに頻繁に通っていたという。さらに三鬼は部下の敏雄に命じて、商売で儲けたお金を、お酒に替えてそのバーに並べ、三鬼の俳人関係の人にすべてただにして飲ませていた。石田波郷や石川桂朗。渡辺白泉などが来てよく俳句談義に盛り上がっていたと言う。
ちなみに「峠」の娘が三鬼の俳句の

　　　湖畔亭にヘヤピンこぼれ雷匂ふ

や、彼女が胸部疾患の療養を終え、大分の別府から船で帰るのを神戸のフジホテルに迎えにいったときにつくった「神戸の獅子」と題する俳句

滝の前処女青蜜柑吸い吸へという
滝青し合ひ離れ合ふ眼に落つる
神戸の獅子吠えたり別れ寝るホテル
神戸の獅子吠えて愛しき周期来る
訓練空襲しかし月夜の指を愛す

などの俳句のモデルとなった。
しかし、三鬼は三橋敏雄に対してこの女性とは「プラトニックラブ」だと言っていると言う。

参考　　「証言・昭和俳句・第十三章三橋敏雄」角川選書
沢木欣一・鈴木六林男著「人と作品・西東三鬼」桜楓社

碧梧桐と一碧楼の城之崎俳三昧

碧梧桐は明治四十二年、二度目の「三千里大旅行」の途上、但馬城之崎温泉に寄っている。そしてそこで待っていたのが、碧梧桐の愛弟子として頭角を現していく、中塚一碧楼である。一碧楼は早稲田大学時代、飯田蛇笏に兄事していたが、後に早大を中退し岡山県玉島に帰郷していた。若い一碧楼は旧守的な「国民俳壇」の句風よりも、斬新流麗な碧梧桐の「日本俳句」に傾斜し、碧梧桐が岡山に来るのを心待ちにしていた。十一月五日、碧梧桐が城之崎温泉に着いた時には、すでに一碧楼は旅館で碧梧桐を待っていた。そして、その日より一碧楼が玉島へ帰る二十日まで師弟は俳句を作り続ける。いわゆる「城之崎俳三昧」である。

　　　山茶花や棺の紙花出来栄えて　　　　　　　　一碧楼
　　　死期明らかなり山茶花の花咲き誇る　　　　　　   同
　　　山茶花や飼鳥の心はかり過ぐ　　　　　　　　　　同
　　　敬遠の一書や霜華鳴る思ひ　　　　　　　　　　　同
　　　霜晴や知り初むる俵かつぎやう　　　　　　　　　同
　　　我胸に千鳥羽ばたく我足に　　　　　　　　　　　同
　　　昼の神や小春の雲を弄ぶ　　　　　　　　　　　　同
　　　山茶花や先づ春ける陶土見る　　　　　　　　碧梧桐
　　　山茶花や授戒会名残斎（とき）に来て　　　　　　同
　　　山茶花や岩窟も椿森の中　　　　　　　　　　　　同

碧梧桐はこの若い門人の作に「半ば自覚をせぬ天才の喚発」を感じ取った。碧梧桐は十一月二十日の「続一日一信」に、一碧楼の句調の軽快さは「荘重剛健の風を成した我が党には一異色を呈する。」「一碧楼の句は多く自己経験の写生に成る」「頭に配合とか調和とかいう狭い範囲の規約を置いた写生でなくて、今少し自由な境界に高翔する写生である。」と、その浪漫性と季題趣味に囚われない所作をあげ、「寛大に自由飛躍の余地を与えて、出きる限りその麒足を伸さしむべきであろう。」と賞賛している。

碧梧桐はこの季題趣味に囚われず、実感を主とした所に新傾向俳句の進むべき道があると思った。城之崎俳三昧は新傾向の一つの転換期となった。漢語や新造語を盛んに使用し、動詞、助詞を多用することによって畳み掛けるように斡旋する独特のリズムはニュースタイルとして斬新で魅力的でさえあった。この時期が碧門黄金時代の頂点を示す時期でもあった。

しかし、一方でこうした新傾向の行き方に対して当然批判的な意見もあった。「国民俳壇」を守る松根東洋城や大阪の松瀬青々などは当然ではあったが、碧門内部でも、不喚楼や井泉水らが最近の新傾向の句に、主題趣味と仮構的趣味の多い事を難じている。これに対して碧梧桐は、写生より入った、形式を脱した新たな仮構趣味、情意の発動を詐らず、印象感奮的の仮構趣味は、今後に生まれるべき一詩美でなければならぬとその方向を推進する強い態度を見せている。

そして出雲に移った碧梧桐は十二月二十六日の「続一日一信」に従来の俳句と現代の俳句の対社会的関係を説明し、従来の俳句が避社会的、個性没却、超脱趣味、写生であったとし、超脱趣味と写生は認めながら、避社会的、個性没却に代わるものとして、接社会的、個性発揮を挙げ、今後の俳句はそうあるべきだと強調している。

しかし、そんな碧梧桐の所に、碧門を代表する高弟である、乙字から一通の手紙が届いた。「・・・・・碧師始め新進の人々の句に内容の事件の判然とせぬ妙に含蓄のありそうな詞に曲折をつけて云ひ出づる事流行のやうに思われ候

　　　けふは一私人など言ひつ柿をむきぬ　　　　一碧楼
　　　忌の事に柿の主が一喝よ　　　　　　　　　　　同

わかると云へばわからぬにもあらず、判らぬと云へば判らぬ所もあり、前書きなどあるべきにや其辺の所多少の疑問あり、詩の大要素なる節奏あり且作者心中の感慨を具体的に云へば事件の輪郭は読者の想像に任してよしと云ふ新傾向のやや極端に趣たるなんと考へられ候其の辺碧師と御討議の上御垂教の程願上候」
絶頂期を迎えた新傾向も、その頃からすでに内部分裂の危機が迫っていた。

参考　　　村山古郷著「明治俳壇史」角川書店

蓑虫はなぜ鳴くのか？

「蓑虫鳴く」は秋の季語。
この由来は、「枕の草子」（四十三段）の中に在る逸話から広まった。鬼が我が子を疎ましく思い、汚げな衣を着せ、秋風の吹く頃に帰るといって、子を残して逃げてしまう。子鬼は騙されたとも知らず、秋風の音を聞くと「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴くという。何か現代にも通用するような話である。ちなみに高浜虚子の句に「蓑虫の父よと鳴きて母もなし」の句がある。

参考　　宮坂静生著「正岡子規・死生観を見据えて」明治書院

加藤楸邨の俳号の由来

加藤楸邨は昭和６年、楸邨２６歳の折、粕壁中学校（現在の春日部高校）の教師となる。その頃粕壁中学校では同僚の教師たちが集まって俳句を作っていた。それまでは短歌を自分なりに作っていた楸邨は同僚の先生方に誘われて、俳句を作るようになる。
その時、同僚の諸先生から、俳号がいるといわれ、楸邨は最初「冬村」と名乗った。ところが、冬だけではどうも寂しいと言うので一本木を加えて「柊村」と改めた。

「柊」はシュウと読み、「ひいらぎ」のことである。
ところがこれを「トウソン」と読む人がいるので、冬より秋のほうが音感がよかろうという事になって「楸村」という号になった。しかし、これではやたらに木がごたつくので「村」を古字の「邨」に改めて「楸邨」と定まることになる。さすが難解派の巨頭、俳号の付け方も難解である。ちなみに「楸」はヒサギ、またはキササゲという木のこと。

参考　　田川飛旅子著「人と作品・加藤楸邨」桜楓社

碧門諸流とその終焉

碧梧桐が明治四十四年頃、無中心論を唱えた頃が碧梧桐の新傾向俳句の絶頂を極めた頃であった。しかし、その絶頂期もほんのわずかで、先ず新傾向に批判的であった愛弟子の乙字は明治四十三年、「蝸牛」に「新傾向の真意義」「新傾向の短所」「俳壇私議」を書いて、碧梧桐の唱える新傾向に批判を投げかけた。

そして、無中心論が出ると、「中心点のある句でなければ写生は出来ない」と反論し、師の碧梧桐から間を置く様になる。碧梧桐と乙字の師弟の反発は碧門の内部でも波紋を投げかけた。もともと碧梧桐の唱える新傾向の行き過ぎについて行けない門人も多くいたのだ。

碧門の内部の動揺を憂えた一碧楼らは三千里旅行中の碧梧桐を東京に呼び寄せようとしたが、碧梧桐は相手にもしなかった。碧梧桐は純粋な詩人であった。文芸上の主張が相容れなければ師弟などと言う私情に囚われず、去ればいい。これが碧梧桐の考えであった。師の行動に乙字は反発する。四十四年の「懸葵」誌上に「現今俳句評」を書き、「新傾向俳句は雑報的俳句に堕落しつつある」と酷評する。すでに碧梧桐と乙字は新傾向に対する論敵の立場に立っていたのだ。

もう一人の碧梧桐の愛弟子である荻原井泉水は明治四十四年四月、俳誌「層雲」を創刊する。誌名は小豆島の寒霞渓に層雲壇という名勝があり、そこから取っている。

最初は碧門の仲間たちとも語らい、同人誌という形で発行されている。しかし、層雲六月号から井泉水は雑吟欄「層雲々」を設置し、自ら選者となった。しかし、このことが層雲は碧門の同人誌と考えていた人々には面白くなかった。井泉水の独断専行と非難する人も出てきた。しかし、井泉水はそのような声に耳も貸さず、さらに創刊号から連載していた「俳壇最近の傾向を論ず」と題する論文の中で、新傾向に対する批判的な見解を展開するようになる。

層雲の売り上げは好調であったが、段々と井泉水の個人的色彩が強まるに連れて、碧門同人たちの心に罅が生じ、やがて碧門の人達を離れ離れにしていく結果となる。「層雲」創刊の翌五月、乙字は三井甲之らと計り、休刊中の「アカネ」を創刊する。

「アカネ」は根岸短歌会機関紙「馬酔木」が改題した雑誌で、明治四十一年創刊。創刊号には乙字の「俳句界の新傾向」が発表され、新傾向の発火点となった雑誌である。暫く休刊していたが、「層雲」に刺激されたのか再び乙字により発行されるようになった。そして毎号乙字は新傾向攻撃の論文を掲げ八月号には有名な「人事は季題にすべからず」を発表している。
乙字が「アカネ」を復刊した翌六月、今度は一碧楼が「試作」を創刊する。

一碧楼は乙字や井泉水らと異なり、新傾向を更に進め「恋は破れぬ、ただ広潟の昼千鳥」「妬なき女、ものたらずともなく千鳥」などのような、甘味な抒情性に加え、発想の自由、句読点の導入など、俳句形式の上にも、革新的な意欲を示していた。俳誌と言っても四ページ位のパンフレットに過ぎなかったが、「我等青年の細かい情緒を表現する方法として、新しい句を試みた第一歩の叫びである」と宣言を載せている。

一碧楼が「試作」を創刊した同じ六月、新傾向の新星として注目されていた久米三汀は、内田易川、泉天朗、岡田葵雨城らと朱鞘社を結成し「朱鞘」を創刊した。久米三汀は後の小説家久米正雄である。この時三汀は２１歳、一高生であった。創刊号には三汀の「今も汐浴の客のあるうらら松曲がる」が出句されている。

三汀らの句は明らかに当時の新傾向俳句を代表する典型を表わしている。三汀らは師の碧梧桐に反発してまで、新傾向を新奇に進めようとはしていない。俳句の約束を守り、そのぎりぎりの所で新しい俳句を詠もうとしていた。その態度は「朱鞘」創刊号に掲げられた三か条によく現れている。

①我等同人は或る場合碧梧桐に盲従するの至当なるを認む。
②自己の語謬に出発して謙虚なる態度によりて進まんとす。
③信頼すべき選者によりて得たる価値のある経験を偽るを要せず。

これはかつて一碧楼が「自選俳句」で「自信ある作の前に於いて選者の存在は全然無意義也」と碧梧桐を無視した態度とは対照的である。明らかに一碧楼に反発している。この様に明治四十四年の春から夏にかけて、碧門は新しいさまざまな流れがあった。「日本俳句」という大きな流れの中に井泉水の「層雲」、一碧楼の「試作」、三汀らの「朱鞘」、これに乙字の「アカネ」や撲天鵬の「蝸牛」などもあり、それぞれがお互いの主張を言い合い、反発しあうようになる。ここにさしもの隆盛を誇った新傾向俳句は末期症状を表わしていく。

参考　　村山古郷著「明治俳壇史」角川書店

「筑波の道」とは

連歌は別名「筑波の道」と呼ばれている。
その由来は、「古事記中巻」に載っている日本武尊（ヤマトタケルノミコト）が甲斐の酒折の宮で、火焼守（ひたきもり）の翁とかわした片歌の問答歌に基づく。日本武尊が父親の景行天皇より東国鎮圧を命じられ、東国遠征に趣き、無事平定し終わった後、帰りに甲斐の国の酒折（さけおり）の宮に休みになった折、歌をもっておつきの人に尋ねました。

　　にひばり筑波をすぎて幾夜か寝つる　　　尊

「新治・筑波（常陸の地名）を出発してから幾夜めか」
しかし、周りの人は答えるものがいません。
ここにその火焼の老人、すなわち灯火を付けて廻る役の人が御歌を続ぎて

　　日々並（かがな）べて夜には九夜日には十日を　　翁

「日数を重ねて９泊１０日になりました」と答え、尊は大変お褒めになったとのことです。
この唱歌に基づき、連歌のことを別名「筑波の道」と言われるようになる。またこの故事によって連歌の式目を定めた二条良基の連歌集を「菟玖波集」と名づけられた。それが俳諧にも受け継がれ、宗鑑の俳諧集は通称「犬筑波集」と呼びならされている。
ちなみに連歌の元と言われているのが幾つかあるが、この問答もその一つとされる。

参考　　中山義秀著「芭蕉庵桃青」新潮社
田中俊一著「俳諧本質論」清水弘文堂書房
桜井武次郎著「連句文芸の流れ」和泉選書

ホトトギスの雑詠再開

「ホトトギス」誌上に初めて雑詠という欄が出来たのは明治四十一年十月号からである。この雑詠欄について虚子は「これより前ホトトギス誌上に『雑詠』ととなへる欄を設けました。従来のホトトギスでは、課題ととなへまして一つの題を設けてその題の俳句を募集するといふ事になっておりました。これはホトトギスがさうでありましたから、他の雑誌も悉くホトトギスに倣って募集句といへば、必ず題を定めてやっていました。私は、それよりも題は自由にして募集する方が、作者にとっても便宜であるし、また良い句を得る所以であらうと考へまして、題は定めない、即ち雑題、又これを雑吟と申しますか、雑詠と申しますか、さういふ意味の句を募集して『雑詠』ととなへて発表しました。」（俳句の五十年）と述べている。

虚子はその前の四十一年八月三十一日、俳諧散心の終わった夜、現在「国民新聞」に連載している、「俳諧師」に全力を傾ける為、しばらく俳句を休止すると宣言している。その為か、それとも厳選の為か初めての入選者は、水巴、はぎ女、木母、香村、無為坊の五名だけであった。そして「雑詠」欄は開設一年を経ずして、翌四十二年七月号限りで中絶されてしまう。そして虚子は完全に俳句から手を引き、「ホトトギス」には僅かに課題選のみが残る事となる。

虚子は「ホトトギス」において、小説や写生文に専念し、「ホトトギス」も夏目漱石などが「我輩は猫である」や「坊ちゃん」などを寄稿していた頃は、好調であったが、やがて夏目漱石が朝日新聞に入社し、従来のように寄稿が得られなくなると、ホトトギスの売り上げは一気に落ち込んだ。虚子は「ホトトギス」の再興を期し、明治四十四年十月号の誌上に「本誌の刷新に就いて」を載せて広く読者の意見を求めている。

そして明治四十五年五月号に虚子選雑吟募集の報告が「ホトトギス」誌上に載せられることとなる。
しかし、この報告は最後のページの課題吟や文章募集の最後に小さく

「雑吟　虚子選　毎月一日締切
　用紙半紙。　一人二十句以下。」

と僅か二行に書かれただけであった。

そして明治四十五年七月号から虚子選雑詠が「ホトトギス」誌上に発表される。
第一回目の入選者数は十九人。句数は二十四句であり、一番最後の「消息」の終わりの余白を埋めるような形で一頁半ほどの掲載であった。この事を見ても虚子はまだ、小説家として立つか、俳句に復活するか迷っていたのであろう。

参考　　村山古郷著「明治俳壇史」角川書店
清崎敏郎・川崎展宏著「虚子物語」有斐閣ブックス

子規の「明治二十九年の俳句界」
に見る虚子と碧梧桐

子規の評論に「明治二十九年の俳句界」がある。内容は、明治二十八年頃から俳句がようやく文壇および世間の注意を惹き始め、新聞雑誌がしきりに俳句を載せ始めた事。また、俳句自体についても前年に比して著しく進化し変化してきた事を指摘している。
その中で子規一門の作家論を述べているのだが、特に有名なのが虚子と碧梧桐の作風について述べた部分である。
その冒頭で「明治二十九年の特色として見るべきものの中に虚子の時間的俳句なる者あり。」と指摘し、

　　しぐれんとして日晴れ庭に鵙来鳴く
　　窓の灯にしたひよりつ払う下駄の雪
　　盗んだる案山子の笠に雨急なり
　　住まばやと思ふ廃寺に月を見つ

の虚子の句を挙げている。これは芭蕉の述べた「飛花落葉」の一瞬を捉えるのではなく、長い時間にわたる出来事を詠もうとする行き方である。また、「虚子が成したる特色の一つとして見るべきはこの外に人事を詠じたる事なり。」とも指摘し、

　　屠蘇臭くして酒に若（し）かざる憤り
　　老後の子賢にして筆始めかな
　　年の暮の盗人に孝なるがあり

などを挙げ虚子の時間的俳句は蕪村の「御手討の夫婦なりしを更衣」や「打ちはたす梵論つれ立ちて夏野かな」の二句に影響されたと説く。最後に虚子の句全般的特色を、人事を詠むにも複雑な人事または新奇な主観を現そうとし、天然を詠ずるにも複雑さにおいて新奇を出そうとする、と説明している。
一方の碧梧桐については、「碧梧桐の特色とすべき所は極めて印象の明瞭なる句を作るに在り」とし

　　赤い椿白い椿と落ちにけり
　　乳あらはに女房の単衣襟浅き
　　白足袋にいと薄き紺のゆかりかな
　　炉開いて灰つめたく火の消えんとす

などを挙げている。
これらについては「其句を誦する者をして眼前に実物実景を観るが如く感ぜしむるを謂ふ。故に其人を感ぜしむる処、恰も写生的絵画の小幅を見ると略々同じ。同じく十七文字の俳句なり、而して特に其印象をして明瞭ならしめんとせば、其詠ずる事物は純客観にして且つ客観中小景を択ばざるべからず。」として印象明瞭の句が碧梧桐の特長と述べている。

以上のことを見てくると、子規の提唱した写生においては、碧梧桐の行き方に進展が見られる。虚子の「新奇」については、碧梧桐も「ほととぎす３号」に「所謂新調」との題で、虚子論を展開している。「所謂新調は虚子之を創め、子規子之を公にせり。」と新調の創始者を虚子であるとし、その新調を鳴雪は危ぶんでおり、自分もまた「新調の放縦自在なる、是れ或いは人を誤まるの原因ならざるか。」と危惧する旨を言い、更に新調の矛盾を指摘し新調を模倣する事を戒めている。

そのことについては、志田義秀氏が「虚子氏とても子規の薫陶に育ったものである以上、客観的な静澄な境地をも詠じてはいるが、それは氏本来のものではない。碧梧桐氏の写実的なるに対して氏はどこまでも理想的であった。碧梧桐氏が端的に鋭敏な感覚を働かせるに対して、氏は瞑想的であり、低徊的である。従って其の好尚は、主観的な複雑な人事とか時間的な事物とか、いわば小説的な内容に向かっていた。」と述べている。

しかしである。碧梧桐と言えば、後々、「新傾向俳句」を唱え、俳句の形式を破る方向へ走っていったのに対し、虚子といえば自ら「旧守派」を唱え、「新傾向俳句」に対して伝統俳句を守りつつ、「客観写生」「花鳥諷詠」を唱えていく事になり、全く正反対の道を歩んで行くことになるのである。

参考　　清崎敏郎・川崎展宏著「虚子物語」有斐閣ブックス
山口誓子・松井利彦・他著「高浜虚子研究」右文書院

井泉水の出生伝説

井泉水は自ら「たいていの事は伝説から始まるものだが、『私の履歴書』も伝説をもって始まる」と書き記している。
井泉水は明治十七年（1884）六月十六日、東京芝区神明町十一番地、新田屋という雑貨店の次男坊として生を受ける。
井泉水の兄は生まれると間もなく亡くなった為、戒名だけはあるが戸籍はない。

姉もまた、この世の名前は付けてもらったが、一年足らずの命であった。あまりの事に、この次に生まれてくる子は長生き出来る様にと、祖母が菩提寺である渋谷の長泉寺に延命地蔵尊が祀ってあったので、この延命地蔵尊に百日詣を行っている。その願いが届いたのか、それから何日かしてある晩、母の夢の中にお地蔵様が現れて、「今度生まれてくる子は男の子だから、イクタロウと名付けなさい。必ず長命する。」とお告げがあったという。

その後、果たして男の子が生まれたので、「幾太郎」と名付けられた。かれが後の井泉水である。それから後にも妹が生まれたが、妹もどうしたわけか夭折している。祖父は口癖の様に「お前は兄弟三人分の命を一人で貰ったのだから、長生きしなければいけない。」と井泉水に言い続けたという。

参考　　上田都史著「近代俳句文学史」永田書房

「芭蕉七部集」とは,

芭蕉七部集とは芭蕉の俳諧選集の「冬の日」（荷兮編・貞享二年刊）・「春の日」（荷兮編・貞享三年刊）・「阿羅野」（荷兮編・元禄二年刊）・「ひさご」（珍碩編・元禄三年刊）・「猿蓑」（去来・凡兆編・元禄四年刊）・「炭俵」（野坡・孤屋・利牛編・元禄七年刊）・「続猿蓑」（芭蕉原選、支孝加修と考えられる・元禄十一年刊）の事を言う。

参考　　尾形仂著「芭蕉必携」学燈舎

子規の俳号の由来

明治二十一年九月、子規は本郷区真砂町十八番地にあった常盤会寄宿舎に入舎した。常盤会寄宿舎は、旧松山藩久松家が藩内子弟の東京に遊学する者のため、前年開設した宿舎である。そしてその翌明治二十二年五月、寄宿舎の第二号室で子規は突然咯血した。相当激しいもので翌日夜中にも再び咯血、その後咯血は一週間も続いている。初め喉からの出血と思った子規であったが、翌日検査の結果、肺結核と診断された。この時代の肺結核は不治の病であった。子規の衝撃は激しかったであろう。
二回目の吐血は翌日の夜十一時頃であったが、午前一時頃までの間に子規は「時鳥」の題で

　　卯の花をめがけてきたか時鳥
　　卯の花の散るまで鳴くか子規

など数十句を作り、自らを「子規」と号した。ホトトギスは血を吐くまで鳴き続けるという故事による。
ちなみにその時作られた句で「卯の花」を上五に置いているのは、子規が卯年だったからである。

参考　　村山古郷著「明治俳壇史」角川書店
上田都史著「近代俳句文学史」永田書房

漱石の初めての俳句

正岡子規が最初に肺結核によって吐血（子規の俳号の由来参照）して暫く後の五月十二日、夏目漱石が友人と共に子規を見舞いに来た。子規と漱石は高等中学校からの同窓で、子規が吐血する前から交友があった。
そして翌十三日、漱石は子規に吐血後の療養法や入院を進める手紙を書き、その中に

　　帰ろふと泣かずに笑へ時鳥
　　聞かふとて誰も待たぬに時鳥

の二句を書き添えてあった。この句が漱石の初めての句である。

参考　　村山古郷著「明治俳壇史」角川書店

川端茅舎の父の思い出（茅舎の比喩の原点）

川端茅舎の父信吉（旧姓小坂）は、かつて徳川紀州候に仕えた士分の家柄であった。後、和歌山市本町三丁目の呉服商川端家（通称俵屋）の婿養子となり川端姓を名乗るようになる。妻延江との間に昇太郎（後の日本画家川端龍子）、秋子の二子をもうけた。しかし、延江が病で亡くなると川端家を出て上京、実弟が院長であった日本橋の日本橋病院の事務長を勤める。そして日本橋病院に勤務していた看護婦の塚畑ゆきと再婚して、茅舎が生まれる。

茅舎の父信吉は寿山堂と号し、書画彫刻にすぐれ、写経、読経をよくし、俳句をたしなむ風流人であった。しかし、風流人であった茅舎の父は、世事には疎いようであった。父のことを茅舎は「程なくそれから同僚と衝突して父は、碓氷を去別したのだった。（上京する前、信州御代田で鉄道工事に係わっていたらしい。）父は気負って山を下った。

然し父が妙義を下りて東京へ出たときはどこへ行ってもそんな気力は通用しなかった。此処では気力なき人達が軽蔑されず却って気力を嘲笑した。そうして気力なき周囲は父をばどんどん黙って追い越して行った。其の気力なき周囲は又父の悲壮な気力を引っ込める機会をさへも与えようとはしなかった。父の気力は到る所に不満を見出した。父の気力は次第々々に硬化して行った。そうしてやうやう物心のつきかけた頃の僕は矢の蔵町の古臭い長屋で昂然と酒杯を重ねる失業の父を発見する。それから父の性格は堕落して行った。」（「月」昭和９・２・玉藻）と後に書いている。

しかし茅舎は小学校時代の思い出として、「小さい時の事僕が紙に墨汁を落として無茶苦茶なシミをこさへると父がそれを一つ一つ鼠や牛や虎や兎や龍や蛇や馬や羊や猿や鶏や犬や猪や草虫花山石人物に直して呉れた。毎晩毎晩父と遊ぶ事はそれが一番の楽しみだった。そうした事から壁に出来たシミだの雲だのをば何か生き物のやうに僕は考え初めたのかもしれない。そうした事から僕は比喩をば初めたのかもしれない。」（「霊験二種）昭和１５年二月「ホトトギス」）

世間的には恵まれなかった茅舎の父ではあったが、やはり日本画家の川端龍子、俳人の川端茅舎の父親である。二人に及ぼした影響は多かったであろう。

参考　　小室善弘著「川端茅舎・鑑賞と批評」明治書院
石原八束著「川端茅舎」桜楓社

蕪村と三菓社中

三菓社中とは蕪村を中心とした発句を中心とした俳諧集団の事。
三菓社中として最初に句会を開いたのが、明和三年六月二日、京極通四条上ル町の寺村家の大来堂に会して行われた。その時の参加者は、蕪村、太祗、召波、竹洞、印南、峨眉、百墨、鉄僧の八名であった。この時蕪村は五十一歳である。この時の会場となった寺島家の当主は巴人門の三貫、近江出身の豪商であり、後に子の百池が句会に参加するようになる。この時の兼題は、蝉・真桑瓜・箪・祇園会・昼顔。この句会は基本的に発句のみで、連句を含まなかった。

伝統的な連句を捨てて、発句に限った所に、蕪村の発句中心主義が見られる。
もともと画家でもあった蕪村は、発句のほうが絵画的でもあって親しかったのであろう。この句会は計四十回に及び、会場は召波亭が一番多く、その記録は「夏より　三菓社中句集」に集められている。句会に参加した回数を調べてみると、自笑（百墨）が三十九回、師である蕪村が三十八回と自笑が殆ど総ての句会に出席している。

自笑は由緒深い八文字屋本の出版元であったのだが、俳諧に熱中し俳書のみの出版に切り替えたと言う。
これらの句会は蕪村俳句の形成に決定的な役割を担い、この句会の規約として書かれたと見られる蕪村真蹟が大来堂寺村家に伝わっているが、その中の「句取法」には「句を選むの法。席上にて各々其の志（思うところ）を言ひ、討論を専らとす。他門に憚るべからず（他門が出席したからと言って遠慮してはならない）。或は面諛（お座なりを言い）し或は屏息して（物も言わずにいて）退いて他を誹る者、再び出席をゆるさず。」

句会席上で徹底した討論を行う事。媚びへつらいやお座なりを言ったり、会が終わってから、他を誹謗するような事があれば再び出席は認めないという。メンバーの中で太祗を除けば、殆どが豪商や医師などの連衆であり、蕪村の画業におけるパトロンであった人々だが、蕪村はそれだけの決意を持って行っていたのである。
「夏より」に載る蕪村の句は１２０句。主なものは

　　楠の根をしづかにぬらす時雨哉
　　初冬や日和になりし京はづれ
　　磯千鳥あしをぬらして遊びけり
　　難波女や京を寒がる御忌詣
　　落葉して遠くなりけり臼の音
　　鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな

などがある。

参考　　矢島渚男著「蕪村の周辺」角川書店
大磯義雄著「人と作品・与謝野蕪村」桜楓社

波郷を俳句に導いた銀幕のスター

波郷の年譜の昭和三年の項に「松山中学の級友中富正三にすすめられ俳句を始め、愛媛新報・海南新聞俳壇に投句す」とある。
また「俳句哀歓」の後書きにも「私は中学四年のとき、友人にすすめられて、地方新聞の俳句欄に投書したのが作句のはじめである」と書いている。この中で級友の中富正三とあるのが、後に新国劇の辰巳柳太郎に入門し、新国劇の大看板となり、更に時代劇を中心とした映画にも数多く主演する事となる大友柳太郎である。

波郷と中富は松山中学入学以来の親友だと言う。中富は二三年の頃から校友会雑誌「保恵会誌」に哲学的な評論や詩を発表する一方、「壺」と言う同人誌を発行した事もある文学少年だったという。そして祖父が俳諧を嗜んでいたこともあり、中富自身も如煙と号し俳句や和歌を作っていたと言う。また、運動部にも入って剣道を良くした。そんな中富が運動もせず、余り目立たなかった波郷に何かやらせようと俳句に誘ったらしい。後に、社会に出てからも交友は続き、波郷は何度か大友柳太郎の楽屋を訪れたと言う。

参考　　村山古郷著「石田波郷伝」角川書店

俳誌「船団の会」の名の由来

俳誌「船団の会」は１９８５年創刊。佛教大学文学部教授の坪内稔典氏が代表を務める季刊誌。
この「船団の会」の名前の由来だが、会員達がよく行く居酒屋の屋号から取ったと言う。

参考　　「俳句朝日２００４年３月号」朝日新聞社