島々に灯をともしけり春の海 외 19수

　　正岡子規島々に灯をともしけり春の海汽車すぎて煙のかかる木の芽かな五月雨上野の山も見あきたり　　糸瓜咲て痰のつまりし仏かな　　　高濱虚子野を焼いて帰れば灯火母やさし蛇逃げて我を見し目の草に残る大空にのび傾ける冬木かな咲き満ちてこぼるる花もなかりけり　　村上鬼城春寒やぶつかり歩く盲犬麦飯に何も申さじ夏の月念力のゆるめば死ぬる大暑かなたんと食うてよき子孕みね桜餅　　飯田蛇笏蝉おちて鼻つく秋の地べたかな吹き振りの淵ながれ出る木の実かな寒鯉の黒光りして斬られけり花栗にたちまさりたる夜の霧　　芥川龍之介蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな木枯や目刺しにのこる海のいろしぐるるや堀江の茶屋に客一人秋風や甲羅をあます膳の蟹　　川端茅舎ぜんまいののの字ばかりの寂光土新涼や白きてのひらあしのうら蛙の目越えて漣又さざなみ　　水原秋桜子おもひきや春月のぼる藪のひま雪の戸の堅きを押しぬクリスマス元日や鷹がつらぬく丘の空啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々　　中村汀女蜩や暮らしと思ふ厨ごと猫の子のすぐ食べやめて泣くことに沸きし湯に切先青き菖蒲かなつく羽子の音のつづきに居る如しさみだれや船がおくるる電話など　　西東三鬼水枕ガバリと寒い海がある緑陰に三人の老婆笑へりき犬の蚤寒き砂丘に飛び出せリ冬に生まればつた遅すぎる早すぎる秋の暮大魚の骨を海が引く　　久保田万太郎もち古りし夫婦の箸や冷奴春塵やいつひろごりし生活の輪何もかもあつけらかんと西日中　　石田波郷はこべらや焦土のいろの雀どもプラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ日出前五月のポスト町に町に今生は病む生なりき鳥頭　　中村草田男勇気こそ地の塩なれや梅真白落ち蟷螂だまつて抱腹絶倒せり初蝶の「黄少女」のあと「白少年」蒲公英のかたさや海の日も一輪　　山口誓子ピストルがプールの硬き面にひびきラグビーのみな口あけて駆けり来る全長のさだまりて蛇すすむなり海に出て木枯帰るところなし　　河東碧梧桐赤い椿白い椿と落ちにけり春寒し水田の上の根無し雲出羽人も知らぬ山見ゆ今朝の冬曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ　　尾崎放哉ふらここや人去つて鶴歩みよるこんなよい月を一人で見て寝る咳をしても一人　　金子兜太原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ果樹園がシャツ一枚の俺の孤島どれも口美し晩夏のジャズ一団梅咲いて庭中に青鮫が来ている　　長谷川櫂昼顔の花の折り目のあきらかに赤ん坊の掌の中からも桃の花折りて来し椿とりだす麻袋空の雪あかるき方や日本海　　倉坂鬼一郎茜さすアンドロイドの片腕に人体のその一点に電気蟻死の庭のトランペットは吹かれおり鈍色のタイムマシンは古池に　　坪内稔典三月の甘納豆のうふふふふ四月には死んだまねする甘納豆牡丹雪ぼくもあなたもかりんとう君はいま大粒の雹、君を抱く　　種田山頭火鉄鉢の中へも霰サイダーの泡立ちて消ゆ夏の月日ざかり泣いても笑ふても一人おちついて死ねさうな草萌ゆる