俳諧が文献的に見られるのは明応八年（1499）「竹馬狂吟集」の成立が始めとされている。その後、山崎宗鑑の「俳諧連歌抄」（通称犬筑波集）天文初年（1532）荒木田守武の「守武千句」（天文９年）＜1540＞によって注目されるようになった。そのころの俳諧とは縁語や掛詞を駆使し、さらにもじりや見立てなど言ってみればナンセンスな空言の発露であり、時に猥雑な笑いを含み、室町のおおらかな明るさが主流を成している。それだけに一時的な座興としての性格が強く、読み捨てにされることが多かった。

「守武千句」が守武の独吟による連句作品であるのに対し、宗鑑の「犬筑波集」は選句集であるという違いがある。
「犬筑波集」は、それまで読み捨てにされていた物を、集めて選集にしている。
その冒頭句は

　　　　霞の衣裾は濡れけり
　　　　佐保姫の春立ちながら尿（しと）をして

というものであり、句意は霞の立ち込めているのを、和歌では霞の衣にみたて、霞の消えかかる姿を、俳諧では衣の裾が濡れると表現する。この発句の前句に対して、それは春の女神佐保姫が立小便をしたからだと付けている。

この句が巻頭に置かれている事は、卑俗性を逆手に取って連歌とは異なる俳諧の独立性を主張する宗鑑の立場をもっともよく表わしている。

室町時代には和歌の伝統の流れを守っていく有心連歌に対して俳諧体を無心連歌の狂歌とする二つの流れが出来、有心連歌は宗祇が現れ頂点を極めるが、やがて法式ばかりが煩瑣になり、作品は形式に流れる様になり衰退していく。

やがて江戸時代に入ると俳諧のほうは、武士や町人たちに受け入れられ、隆盛を極めていくようになる。

参考　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄の俳諧」
　　　　　　栗山理一著「俳諧史」塙書房
尾形仂著「俳諧史論考」桜楓社

貞門と談林俳諧貞門と談林俳諧

室町期に成立された俳諧は近世に入ると、松永貞徳によって貞門の俳諧が隆盛を極めていく。貞徳は里村紹巴に連歌を細川幽斎に和歌や歌学を学び当時における最高の文化人であった。貞門俳諧の特色は言語遊戯的な室町以来の俳諧を受け継ぎながら、さらに放埓な室町俳諧にある種の整理や規定を加えたところにある。

縁語、掛詞、もじり等による滑稽な俳諧としての性格はそのまま受け継がれているが、何よりも俗語や漢語を「俳言」と定めて、その「俳言」によって賦せられるものが「俳諧」であると規定した。ただしこの「俳言」には一定のはどめがあり、「いかに俳諧なればとて、卑しきことをなすべからず。」（天水抄）「今様、新俗、不浄、下輩のはやりことば」（俳諧破邪顕正）を用いることはつつしまなければならなかった。いわば室町時代の放縦性にある種の論理的な規制を加えたのが貞門俳諧であるといえよう。これには古典に対する重視や依存が強く見られる。

こうした貞門俳諧に対して、徹底的に滑稽やパロディによる雅俗の落差の面白さを追及しようとしたのが、西山宗因を中心とする談林俳諧である。宗因は大阪天満宮の連歌所の長官であり、貞門の排斥した守武流のナンセンスな無心所着の俳諧を重んじた。又古典をもじることによりその雅俗の落差による笑いに主力を置いた。談林俳諧は大阪の新興町人層の支持を得て大いに広まっていった。又貞門では制限されていた当時の新風俗の遊郭や芝居などの用語を素材として積極的に用いている。しかし古典のパロディによって笑いをひたすら追及することで盛んになった談林俳諧は一時的には大いに流行するが素材に限界がありマンネリ化が進み、ゆきずまりを見せ、天和二年（１６８２）宗因の死とともに急速に衰えていった。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄の俳諧」

芭蕉の出自

寛永二十一年（1644）芭蕉は伊賀山中の田舎城下町に誕生した。父親の松尾与左衛門は、「無足人」と称する地侍級の農民で、その次男坊として生を受けた芭蕉は二十歳近くまでの少年期を農作業に従事して過ごしたようである。芭蕉が俳諧を嗜むようになったのは、寛文二年（1662）十九歳当時に、縁あって伊賀藤堂藩の侍大将藤堂新七朗家（五千石）に出仕し、その嗣子良忠（俳号蝉吟・せんぎん当時２１歳）に奉公する身となってからである。北村季吟を師として俳諧を好む主君良忠から俳諧の手ほどきを受けた芭蕉はこの年の十二月二十九日立春に伝存する限りでは最古の発句である「春や来（こ）し年や行きけん小晦日（こつごもり）」と言うのを作っている。それ以降芭蕉は俳諧に親しむようになり、寛文五年（1665）の十一月十三日に主君良忠の主催する「貞徳翁十三回忌追善俳諧」の百韻に伊賀の古老俳人に混じって若輩の芭蕉も一座している。ちなみにこの百韻が芭蕉の連句作品の伝存する最古のものである。

この百韻によって芭蕉の存在は俳壇に知られるようになり、芭蕉は始めての幼い弟子を二人得ている。その一人は後の服部半左衛門保英（土芳・当時九歳）と後の医師中村柳軒こと佐脇柳照であった。

順調に行くと見えた芭蕉の奉公も、寛文６年（1666）四月二十五日に、主君の良忠は二十五歳の若さで死去してしまう。格別の愛顧を受けていた芭蕉は良忠の遺骨を持って高野山の報恩院に収めに言ったと伝えられている。そして帰郷するとまもなく芭蕉は藤堂家を致仕してしまう。その理由は明白ではないが、その後もしばらく伊賀に在住し、藤堂家の人々とも親しくしているので出奔などではなく、手続きをえての退職と思われる。おそらく良忠亡き後の芭蕉の職務がなくなった事、緊迫していた藩財政を考えてのことと思われる。之より６年間芭蕉の混迷期を迎えることとなる。芭蕉は将来の立身の方針に迷いながらも俳諧は継続し、一時は京都の禅寺に入って修行するとともに、仏典や漢詩文の勉学にも勤めていたようである。

約六年の混迷期を経過して後、芭蕉はようやく専門の俳諧師として立身する決意を固め、寛文十二年（1672）二十九歳の春、新天地を求めて江戸に下ることとなる。その折に伊賀の友人に贈った留別吟が「雲とへだつ友かや雁の生き別れ」である。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄の俳諧」
角川書店「芭蕉の本・作家の基盤」中村幸彦編

風虎のサロン

風虎は奥州岩城平七万石の城主内藤義概（よしむね）の俳号で、義概は風流大名として知られ、その次男義英も露沾（ろせん）と号し、その江戸藩邸は文芸サロンとして知られていた。談林派の宗因が義概に招かれ江戸に下向し、その折に百韻興行を行っている。

その当時、芭蕉は未だ知名度が低かった為、風虎の百韻興行には参加できなかったが、幽山、似春主催の礎画亭（しょうかくてい）の百韻興行に参加した芭蕉は、たった一度の出会いであったが宗因流に心酔し、季吟門（談林）から宗因流へと作風を変化させていく。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」

芭蕉の名の由来

芭蕉の名前が初めて出てくるのは天和二年の春、京都より千春が東下して、芭蕉とその一門との俳交を持ち「武蔵曲（むさしぶり）」（徳田重徳刊、発句五十九、歌仙二、百韻一）を上梓した。この「武蔵曲」で初めて「芭蕉庵」と称している。それまでは主に桃青と称している。この芭蕉は門人である李下が贈った芭蕉に因んでいる。

参考　　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」

野ざらし紀行の目的

貞享元年（1864）八月中旬、四十一歳の芭蕉は苗村千里と共に江戸を立ち、東海道を西上の旅に上がった。

伊勢を経て九月初め郷里伊賀上野に帰り、亡母の墓参りを済ませた後、大和の内村に千里の実家を訪い、さらに吉野に遊んで西行旧庵を尋ね、山城、近江を経て九月末に美濃大垣の木因を訪問している。さらに木因の案内で桑名、熱田、を経て名古屋を訪ね、名古屋の連衆と「冬の日」の五歌仙を巻き、暮れに再び帰郷して越年、二月奈良に赴いてお水取りを拝観した後上洛、京、伏見、大津の俳人たちと風交を結び、再び桑名、熱田、鳴海に立ち寄って俳交を深め東下、甲斐を経て四月末に帰庵した。これが「野ざらし紀行」の旅である。

江戸出発に際して「秋十とせ却って（かえって）江戸を指す故郷」と言う留別吟を残している。この旅は約十年ぶりの（実際は八年目）に「故郷」を目指すものであったことは明らかである。前年六月母が他界した為、遅ればせながら墓参りを直接の目的とした事は確かである。

もう一つの目的は美濃大垣の谷木因を訪ねることがあった。紀行の冒頭に門出吟として「野ざらしを心に風のしむ身哉」とあり、大垣の木因の元にたどり着いた日「死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮」と詠んでいる。

木因は大垣で父祖の代から手広く回船問屋を営む豪商であった。芭蕉より二歳年少で俳歴も古く、最初貞門の北村季吟の学び、後には談林派の宗因や西鶴らにも親しんだ。しかし天和元年（1681）東下したさい、江戸で芭蕉に面識を得て以来芭蕉に心服し、共に季吟門でもあるというよしみもあって急速に親密の度を増した。

木因は地元美濃の俳壇のリーダー的存在であり、家業や縁威を通じて東海地方に広く交友圏を持ち、初期の近江俳壇や、尾張俳壇の発展に大いに力を尽くしている。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」
　　　　　　　桜楓社「俳句辞典・近世」松尾靖秋編

荘子と芭蕉

芭蕉の俳諧には西行や宗祇、禅などのいろいろな影響が入っているが、中国の思想家「荘子」の影響も大きなウェイトを占めている。一切の相対的知見を排し、至大至誠の真実性に迫ろうとする「荘子」の思想は、芭蕉の俳諧のみならず芭蕉の人生にも多大なる影響を与えている。その荘子の言葉に「非言非黙」（則陽編）というのがある。これは言葉を用いながら、言葉にとらわれないことを意味する。言葉を駆使しながらも、言葉がそのままの実在であると見ないで、実在のありかを暗示する符号や象徴の意味で用いるという自由無碍な態度のことである。芭蕉もこのような姿勢を貫いている。

参考　　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」
　　　　　　　　角川書店「芭蕉の本・作家の基盤」中村幸彦編

元禄時代の焦門勢力

現代から見ると芭蕉が活躍した時代は焦門はかなり振るったように感じるが、芭蕉生存中の焦門は俳壇から見るとほんの小勢力にすぎなかったらしい。元禄四年に刊行された「元禄百人一句」によると、そのころは去来、凡兆が編集した「猿蓑」も出版され、焦門が隆盛を誇った時期であったが、それでも全体の２割り、芭蕉の門人たちが採用されているだけである。編集した江水は「元禄百人一句」では芭蕉を巻軸に据えるほどの芭蕉に好意的な人物であったが、それでも少数である。その他の「元禄四年歳旦集」などでは、芭蕉の門人の比率は一割程度である。また、元禄四年に刊行された俳書は六十九部ほどであるが、焦門は「猿蓑」等五部を数えるに過ぎなかった。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」

芭蕉「炭俵」の名前の由来

芭蕉の俳諧選集「炭俵」は芭蕉の門人である野坡（やば）らを中心に編まれた。ちなみにその名前の由来だがある日、桐火桶の元で芭蕉が夢庵の「契りあれや知らぬ深山のふしくぬぎ」の歌を謡いながら「炭俵と言うのは俳諧だ」と独語したのを門人たちが聞き取ってそれを題号にしたという。これは「炭俵」の素龍の「序」のなかに、芭蕉の言葉として「炭だはらといへるは俳也けり」と書きとめられている。つまり炭俵というのはいかにも俳諧的な対象であるという事である。「炭俵」の特徴は通俗卑近な庶民の生活を平俗な言葉で読み上げたもので、芭蕉晩年の「かるみ」の世界を謡っている。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」
　　　　　　　角川書店「芭蕉の本・作家の基盤」中村幸彦編
復本一郎著「芭蕉俳句１６のキーワード」ＮＨＫブックス

芭蕉の見られなかった「続猿蓑」

「続猿蓑」は「炭俵」に次ぐ七部集の最後の集で「かるみ」の集として知られている。作られるきっかけとなったのは元禄六、七年頃芭蕉の江戸滞在中に芭蕉から指導を仰いだ人々に、宝生流の能役者沾圃や里圃、鷺流狂言師馬?らのグループが居た。彼らは芭蕉の捌（さば）きになる連句の中から芭蕉の目がねにかなったものを公刊したいという希望を持ち、その題名の事などを芭蕉に託した。芭蕉は上方での集句や更に支考、惟然などと連句を興行して選集の準備に当たり、九月の上旬ごろから支考と共に本格的な選に着手している。しかし一ヵ月後に芭蕉は死去し、「続猿蓑」が井筒屋書店から刊行されたのは芭蕉没後の四年を経た元禄十一年のことであった。ちなみに「続猿蓑」の特徴は

①素材における世俗の生活の俳諧化
②表現による具象性、イメージの尊重
③伝統的抒情性への憧憬

の三点を堀切実氏は述べている。

参考　　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」

芭蕉庵の最初の名前は

芭蕉が江戸に上京した最初の頃は、まだ貞門、談林の俳風をメインに、雅俗のギャップやパロディなどを題材にした俳諧が主流であった。それは自分自身は常に批評家のように第三者として作品の外にいて、自身の言葉やそこから発生する笑いによって自らが傷つく心配がなかった。宗匠としての行為も、生活の手段であって、自身の人生とは深刻なかかわりを持たなかった。ところが、そこそこ俳諧師としての知名度があがっていた芭蕉が、今までの築き上げた地位を棄てるように深川へ転居してしまった。当時としては深川は江戸から見ればだいぶ田舎であり、宗匠として生活していくには不便な所であった。しかし、深川への転居によって芭蕉の俳風は一変する。詠句の視点は、外界、他者よりも自らの内面に注がれるようになる。外界を描いたように見える場面でも一読してそれが芭蕉の心象風景とわかる句ばかりとなる。深川転居は生活の安定を放棄し、遊戯的な俳諧を真の「人生詩」と変革した。

ちなみに芭蕉の草庵は「芭蕉庵」と呼ばれているが、最初は「泊船堂」と名づけられていた。この草庵はもと幕府の御用達で芭蕉の弟子である鯉屋杉風の生簀の番小屋であった。「泊船堂」とは不如意な草庵生活を杜甫の貧窮生活に重ね合わせ、杜甫の詩「窓は含む西嶺千年の雪、門は泊す東呉万里の船」に因んで名づけられたと言う。

参考　　　　勉誠社「元禄文学の開花・芭蕉と元禄俳諧」

田捨女（でんすてじょ）六歳の時の俳句

田捨女は寛永十年（1633）年、丹波氷上郡柏原（現在の兵庫県）に生まれる。芭蕉が正保元年（１６４４）年の生まれだからほぼ同時期に活躍したことになる。父親は代官を勤めた家柄であった。十八歳で夫季成と結婚、延宝二年、捨女四十歳の時に夫と死別し剃髪、妙融尼と名乗る。仏道修行の傍ら、芭蕉も師事した季吟、松堅に歌道、俳諧を学んでいる。五十二歳の時より、盤珪（ばんけい）禅師に帰依し、名を貞閑と改める。元禄十一年（1698）六十五歳で亡くなっている。
その捨女が六歳の時に詠んだといわれるのが

　　　　　　　　雪の朝ニの字ニの字の下駄のあと

である。たぶん皆さんも一度は目にしたことがあるのでは？

参考　　　　　坪内稔典著「上島鬼貫」神戸新聞総合出版センター刊
　　　　　　　松尾靖秋著「俳句辞典・近世」桜楓社

俳諧とは

定型詩としてまず最初に現されたのは「万葉集」であり、その頃は、五・七・五・七・七の短歌の他にも、五・七・五・七を任意の長さに続け、おしまいを五・七・七で結ぶ長歌、又、旋頭歌と呼ばれるものもあった。しかし、「古今集」以後は五・七・五・七・七の短歌が一般的となる。のちに短歌の五・七・五と七・七を別人が作ることから始まり、それを交互に長く連ねて、百句続ける百韻の形が完成し、後に三十六句の歌仙も試みられるようになる。それらは和歌の美意識を継承する優雅なものであったが、俗語や漢語などを用い,卑俗な内容もかまわないとされたのが「俳諧之連歌」と呼ばれ、それが独立して「俳諧」となっていく。即ち、「俳諧」とは、今で言う「俳句」の事ではなく、連歌のことを言う。

「俳諧」の語義はおどけ、戯れであり、元来中国の言葉で、滑稽を意味している。日本の文学史上において初めて「俳諧」の語が使われたのは「古今集・巻十九」の雑体の部に収められた五十八首の「俳諧歌」であり、これは「万葉集」の「戯咲歌」の流れを引いている。「戯咲歌」とは「万葉集」の滑稽味を帯びた和歌をまとめたものである。

平安末期の歌学書「和歌童蒙抄」（藤原載兼）には「滑稽は俳諧なりといへり。古今の五十七首の歌みなこれにかる歌也」とあり、「奥義抄」（藤原清輔）には「俳諧は王道に非ずして、しかも妙義を述べたる歌也」とある。
つまり俳諧とは王道、正統ではないと言う事が俳諧の妙義という。

参考　　　　山下一海著「俳句・そのこころ」ＮＨＫ市民大学
栗山理一著「短詩形問答」永田書房
松尾靖秋編「俳句辞典・近世」桜楓社
桜井武次郎著「連句文芸の流れ」和泉選書

俳諧の紀伊国屋文左衛門「三井秋風」

三井秋風は本名三井六右衛門時次享保二年（1717）生まれ。姓でわかるように、かの三井財閥の創始者、三井高利の甥（高利の兄重俊の子）にあたる。しかし四歳の時に父と死別し、伯父の浄貞俊次に養育されている。伯父の浄貞は呉服商で財をなし、地元松坂から江戸へ進出。秋風は後に浄貞の資産を継ぐが実業に実を入れず、京都室町御池上に鳴滝と言う名の別荘を構え,贅沢の限りを尽くし、晩年零落し、江戸で没している。秋風の甥、三井高房が現した「町人考見録」は京都町人の破産の原因に言及した書として有名であるが、その中に秋風を書いた箇所がある。「養父江戸店二箇所にて千貫目余りの譲り致し置き候処、其方殊の外成不行跡者にて、中々商売にかまい申さず、奢りの余り後は鳴滝に山荘を構へ、夫（それ）へ引籠もり、種々の栄耀を極む。其時の世話に鳴滝の竜宮と沙汰申候。・・・・終いに三十七八年以前江戸二軒の店をも潰し、其の上、借り銀千貫目余之有。・・・・・家屋敷も涸却し、其後年老て江戸へ下り、御納戸の蝋燭を請合、彼地にて果申候。」

秋風が養父から譲渡された財産千貫目余りは、「銀五百貫目よりして、是を分限といへり、千貫目のうへを、長者とは云なり」（日本永代蔵）「人間の身上は現銀五百貫目までを願うべし。五百貫目になる時工面をよくすれば、一生楽に過ぎるなり。」（好色敗毒散）からすると、町人の目標額五百貫目の二倍。長者と呼ばれる額である。秋風はこれを使い果たし、その上借財が千貫目余りもあったという。

秋風は俳諧を貞門の梅盛にならい、延宝期には談林の宗因や常矩らとも交友する。鳴滝の別荘は「花林園」と称され、貞享二年（1685）春、芭蕉は「野ざらし紀行」の旅の途上、鳴滝の花林園を訪ねて、「梅白し昨日や鶴を盗れし」「樫の木の花にかまはぬ姿哉」のニ句を詠んでいる。

参考　　　「元禄文学の開花・芭蕉と元禄の俳諧」勉誠社